トラベラーは誰しも、故郷に帰る時、エクソダスに初めて出発した時と同じくらいの不安と恐怖を覚える。時空の失われた空間で過ごしている間も、世界は自分なしで動いている。
継承
「じきにリフトが完成するわ」苦しそうにEdithは言った。「週末までには」彼女は娘がハシゴから降りるのを手助けしようとした。しかしLinaは、自分自身も息を切らせながらその手を払いのけ、母の好意は両者の間に横たわる深い溝に消えていった。母にかまわず、壁にもたれかかって吸入器から薬を吸うLina。一息つくと、彼女はガントリーの上に立ち、端からおそるおそる船腹を見下ろした。まるでクジラの死骸に入り込んだちっぽけなシーモンキーのようだ。上部構造の骨組みがまだところどころ剥き出しになっている。アーク灯のギラギラした青白い光が、Northern Bulletの骨組みをつなぎ、密封する作業に従事している100人のエンジニアと50匹のアウェイクン、500体のロボットを照らし出していた。方舟船。その一隻。現在、67隻の方舟船が建造されつつあった。地球で、衛星軌道で、水上の浮遊型造船所で、そして月と火星で。資材と人材と貴重な専門知識をかき集められる場所ならどこでもだ。
Northern Bullet。Edithの娘。少なくともこの娘は彼女を嫌っても恨んでもいない。ガントリーの端で体を揺らしているLinaと視線が合った。「気をつけて-」「うん、わかってる。いつ手すりをつけるつもりだったの?」
「EXODUS」のプロローグ
物語は続く
離れるということ章
広漠たるケンタウリ星団の岩石やデブリの下には、古代の遺跡が隠されている。我々よりも先にここに来た者たちが残したものだ。諸文明が現われては去っていく無限の循環の中、人類とCelestialは栄枯盛衰を繰り返す。新たな世代が訪れて残骸の上に文明を築くまでの間、星々は捨てられ、忘れられる。いつまでも、何度でも。
すべての方舟船が同時にケンタウリに到着したわけじゃないんだ。それに、到着したすべての船が同じぐらい順調に入植を始められたわけでもない。最初に到着した人たちは今ではCelestialと呼ばれる存在へと進化したけれど、新参者に対してあまり優しくない一面も持ち合わせていた。
怪物のような姿に変貌した恐るべきCelestial、マラ・ヤマは、人類がこれまでの生存闘争で直面してきた数々の脅威とはわけが違う。マラ・ヤマは恐怖を喰らい、残虐行為に愉悦し、獲物の苦悶に歓喜する。奴らはただの狩人ではない。獲物が味わう心理的苦しみを糧とする、嗜虐心に満ちた捕食者なのだ。
エヴァンが受信器の調整に取りかかった瞬間、電源が落ちた。ハンマークロスの長距離通信装置が劣化していたために、時間のかかる作業だったというのに。しばしのあいだ闇の中に座って、エヴァンは耳を澄ませた。換気装置のぶんぶんいう音はまだ聞こえてきていた。停電はしても、空気まではなくなっていなかった。
方舟船TamerlaineのエンジニアであるTorranceは、物資を盗み、ブラックマーケットで売りさばいていた。そこに意外な人物が調査に現れる。
優秀なエンジニアであるEdithは、不可能としか思えない工期に間に合わせるべく猛烈に働く一方で、まだ成人していない娘との絆を手遅れになる前に取り戻そうと焦っていた。
Abandoned Brideの主任技術者として働くKendryll。方舟船のシステムを稼働させ続けるためのスペアパーツを見つけなければならず、彼女は創意工夫を強いられる。
Fortunate Sonの出資者である富豪のJurgen Barrendownは、方舟船の打ち上げ前夜に裕福な友人たちを招いてパーティーを開く… しかし、誰もが祝福しているとは限らない。